結局、最後に残るのは「夢」の力ではないか。
AIがどれだけ進化しても、人間の中から湧き出る「ワクワク」や「夢」は、そう簡単に代替できないと思っています。
正解を早く出す効率化マシーンになるよりも、
「私はこれをやってみたい!」「もっと知りたい!」と思う力。
これからの時代の土台になるのは、そういう内側から湧き出る力ではないか。
このAI時代での子育てとは、この人間の育ち方をもう一度見直すことで答えの一部が見えてくるような気がしています。
AIが太刀打ちできない人間の歴史
身体で覚えるから、人間だけの経験になる
人間は、身体を使って学びます。
手を動かす。
足を動かす。
転ぶ。
失敗する。
もう一度やってみる。
赤子が歩き始めるとき、たくさんの失敗を繰り返したうえで、人生の最初の一歩を繰り出します。
そして、その時の両親の喜ぶ声と顔をみて、満面の笑みを称えます。
そのように、身体の動きや感覚の積み重ねから、人間のナレッジは作られていきます。
頭だけで理解するのではなく、体感として覚える。
感情とセットで記憶される。
だからこそ、その人だけの経験になる。
AIは、最短距離の答えを出すことはできます。
けれど、遠回りしたからこそ得られる実感までは持てません。
失敗して悔しかった感覚。
できた瞬間のうれしさ。
もう一回やりたいと思う衝動。
そういう感情の揺れが、人間の次の行動を生みます。
そもそも、人間が生まれてくること自体が奇跡です。
生命が生まれること。
成長していくこと。
何かに心を動かされること。
誰かと関わりながら、自分を作っていくこと。
この生命の歴史そのものに、AIは太刀打ちできないのではないかと思うのです。
子どもの遊びの中にも、人間の学びの原型があります。
幼稚園の砂場あそび。
約束しなくても、三々五々集まって遊ぶ学童期。
人形やままごと遊び。
友だちとの小さな衝突。
自分たちでルールを作る経験。
大人から見れば、ただ遊んでいるように見えるかもしれません。
けれど、その中で子どもは交渉しています。
失敗しています。
試しています。
相手の気持ちを想像しています。
自分の感情を処理しています。
ワクワクは、効率からは生まれません。
ぼーっとする時間。
寄り道。
無駄に見える熱中。
時間的余白こそ、人間だけのナレッジが熟成される
大人には理解できないこだわり。
そういう余白の中から、その子の核が出てくることがあります。
私自身の原体験にも、ワクワクの種がありました。
モンテッソリー幼児教育をする幼稚園での過ごした時間。
約束しなくても自然に集まって遊んだ時間。
宝塚歌劇のベルばら初演を見て受けた刺激(私の推し活の原点!)
音楽、楽器の演奏を通じた感情表現。
夢を持ち、それを実現しようとした経験。
これらは、すぐに成果として見えるものではありませんでした。
けれど、確実に自分の中に残っています。
自分の世界観を作る材料になっています。
今の仕事や発信にもつながっています。
だから、子どもの頃のワクワクを軽く見てはいけない。
それは将来の仕事になるかもしれません。
生き方の軸になるかもしれません。
苦しい時に自分を支える力になるかもしれません。
では、AI時代での生き方を考える
今、AIを人間を主軸にした使い方をしている人を分析してみました。
そこに、一つの答えがあると思ったからです。
- 管理職や経営者として、物事を判断してきた人
- 音楽や絵など、表現活動、芸術活動をしている人
- 自分を持って発信し続けている人
- 言語化を繰り返してきた人
- プログラミング思考を持っている人
- メタ認知ができ、自分の立ち位置が見えている人
これらの方々を観察していると、AIに振り回されにくいようです。
つまり、
- AIを先生として丸呑みしない。
- 部下のように使う。
- 壁打ち相手にする。
- 道具として自分の目的に合わせて使う。
このような土台にあるのは、「自分は何を大事にしているのか」という感覚です。
これは、急に育つものではありません。
身体で覚えるから、人間の経験になる
幼少期から、正解を早く出す子を育てることだけを目指さない方が良さそうです。
正解を覚え、指示通りに動ける子。大人の期待に合わせられる子。
もちろん、それも社会の中では必要な場面があります。
でも、それは自分が何を求められているのかを判断できたうえで動けることが大前提です。
これからの強みとなるものは、「問い続けられる」ことです。
- なんでだろう?
- 別のやり方はないかな?
- 私はどう思う?
- 本当にこれで良き?
- もっと面白くできないかな?
この問い続ける力が、AIを使う力にもつながります。
そのためには、幼少期からの習慣づけが欠かせません。
大人としてできることは、この習慣づけを手助けすることではないかと思うのです。
子どもだけではなく、大人も一緒に歩める、今のAI過渡期時代こそ、人類にとって大切な時期ではないか……。
そのためには、大人も子どもの時間的余裕を持ちたいものです。
退屈な時間、自分で遊びを作る時間を残す、好きなものを掘り下げる時間を残す。
この余白の時間がどのくらい必要かは、人によって違います。
子どもも大人も、心の赴くまま過ごして満足するまでの余裕を持つ。
これこそ、AI時代を人間らしく生きるための、いちばん強い土台になると思うのです。
今の子どもたちにできる大人のアクションプラン
では、今の子どもたちに対して、大人は何ができるのでしょうか。
否定としつけを分ける
しつけは必要です。社会の中で生きるためのルールは、伝えなければなりません。
まして、命に関わることは、きれいごとではなく、強い声で制止する必要があります。
信号を無視して走り出す子どもは、身体的発達の過程で視野が狭く、起こりがちの事故です。
そこは、何が何でも怒鳴り散らして、阻止するのが大人の役割です。
ただし、子どもの存在そのものや、興味そのものを否定してはいけません。
「こどもだからわからない」と諦めない
子どもにも、その子なりの理屈があります。その子なりの世界があります。
まずは、その子の世界観を尊重しつつ、対話できる環境を作るのが大人の約目です。
子どもの理解度合いによっては、大人の言うことを理解できないもの。
そこは、子どもに伝わる言葉や情景を探すため、大人が試行錯誤していく必要があります。
ここから、他者からみた視点を知る習慣づけにつながります。
子どもを小さな大人として見ない
子どもは、大人と同じOSでスペックの弱いパソコンではありません。
大人とは違うOSが走っている、別種のハイスペックパソコンです。
だからこそ、大人の物差しだけで測らない。子どもには子どもの発達段階がある。
今できないことが、将来できない理由にはなりません。
数年先の子どもの姿を常に想像する
子どもには、その子なりの発達段階があり、それも千差万別です。
今できないことが、将来できない理由になりません。
目の前の結果ではなく、数年後の成果を見越すことも必要です。
今の成績、態度、失敗、不器用さ。
それだけで判断しません。
子どもの「好き」も、軽く扱わない方がいい
正直、私はゲームをした経験が少ないです。不器用で、負けやすく、楽しくないからです。
でも、次男は小学生から任天堂ゲームに親しみ、一端の子どもとして世間を渡り歩いていました。それはそれで、大した能力だと脱帽しています。
また、この夏の季節になると、セミの抜け殻をひたすら集め、家に持ち込んでいました。
学校の水槽にあるウーパールーパーを、用務員の先生に頼み込んで、連れて帰ってきたこともあります。
(慌ててペットショップにいって、水槽などなど買いに走り、飼育方法を教わるのは親の約目です)
このように、ゲーム、アニメ、音楽、推し活、工作、生き物、変なこだわり。大人には価値がわからなくても、その子にとっては未来の入口になるやもしれません。
これらをすぐに「意味がない」と切り捨てないことです。
「できた・できない」より「何を感じたか」を聴く
- 楽しかった?
- どこが悔しかった?
- もう一回やりたい?
- 何を変えたい?
- どこが面白かった?
結果ではなく、内側の心の動向を言葉にする習慣を作ります。
比較ではなく、自分の中の変化を見る作業です。
そして、その子の内側から湧き出るパッションを演出します。
大人が用意しすぎない。でも、完全に放置もしない。きっかけを渡し、体験の場を作ることで、子どもが自分で選んだ感覚を持てるようにします。
大人の正解を押し付け、さきに効率化をしないで心の弾みを見守るようにします。
子どもが仕掛けたことの結末を、子ども自身に返す
子どもは失敗します。
その尻拭いを、できるだけ大人はしないようにします。
失敗体験を、ここぞとばかりさせていくのです。
とはいえ、社会的に迷惑をかけるケースも。そのときは、大人が出て、責任持って対処します。
この大人のやることの線引きを間違えないようにするのが、大人の役目です。
大勢に影響のないもの(犯罪や他者に迷惑をかける以外のもの)であれば、思いっきり痛い思いをさせましょう。
学校の先生に怒られるなんて、大したことじゃないですwww。
大人自身が人生を謳歌する
子どもは、大人の言葉より姿勢をみています。
やいのやいの「勉強しなさい」といって、勉強する子はいません。
でも、大人がやっていることはよく見ています。
私の仕事場にある電動昇降デスク。
実は、娘の下宿先に同じような昇降デスクが置かれています。
本人曰く、けっしてお母さんのマネはしていないと豪語していますが、どう見ても、私の机とそっくりです。
ま、真似したんだなと、ひっそり思うことにしています。
このように、知らぬうちに子どもは周りの大人の真似をしています。
そして、大人もまだまだ発達途中であることを忘れてはいけません。
大人だって未完成、間違えたら謝るし。わからないことは知ったかぶりせず調べます。
こうした大人の姿を見て、子どもは、自分も発達途中でいいのだと安心して進めます。
人生を謳歌して、よっしゃよっしゃと子どもを受け入れる大人が近くにいてこそ、子どもは安心して自己肯定感を高めていけるのです。
子どもといっしょに本を読む
寝る前の読み聞かせが、これにあたります。
でも、絵本を一緒に読むだけではありません。
大人も読みたい本を読む姿を見せます。できたら、自分の書斎にある本棚には、自分の分野や好きなもので埋めていきましょう。
これを通じて、子どもは物語を読み、知識を蓄え、自分と違う世界に触れていきます。
本は、子どもの中に問いを作ります。
本は、大人の中にも新しい視点を作ります。
AI時代だからこそ、読むこと、感じること、考えることを手放してはいけないと思うのです。
まとめ
AI時代の子育てで大切なのは、子どもをAIに負けないように鍛えることではありません。
子どもの中にある夢やワクワクを、大人が長い目で守り、育てること。
早く結果を出させることより、問い続ける力を育てること。
大人の正解を押しつけることより、その子自身の世界観が育つ時間を残すこと。
子どもの未来を育てるには、まず大人自身が自分の人生を止めないことです。
大人が学び、遊び、失敗し、やり直し、ワクワクして生きる。
その姿こそが、子どもにとって一番強い教育になるのだと思います。
結局、最後に残るのは夢の力。
そして、その夢を育てる土壌を作るのは、今を生きる大人の役割なのだと思います。
あと、「自分は子どもにとって、いわゆる親ガチャの外れになっていないだろうか」と不安になる方もいらっしゃるかもしれません。
大丈夫です。その気持ちがあるだけで子どもに伝わります。
上手く行かない環境で、自分をどう立て直すか。
そんな経験を小さな頃から重ねているお子さんは、そこそこ人間力も高い傾向にあります。
つまり、どう転んでも正解なのです。
この夏休み、お子さんとの関わりの参考になれば嬉しいです。
子育てや教育で本当に大切なのは、子どもを早く完成形に近づけることではありません。
その子の中にある小さな熱。
まだ言葉になっていない興味。
大人から見ると、意味不明に見えるこだわり。
そういうものを、大人が見逃さないことです。
=編集後記=
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先生方の熱気に日本の未来は明るいと感じました。
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