私は、1968年生まれである。
そんな私には、8歳上の姉がおり、子供の頃のこの8年差は特に大きく感じていた。
でも、大人になれば解消し、仲の良い姉妹となって一緒に買物に行くようになったのは、人生で嬉しい出来事だ。
でも、昨今のAIの時流に入ると、この8年差は目に見えて大きな断絶になっていることに気がついた。
70年代生まれは“境目”を生きた世代
そんな姉からNotionを教えてほしいと言われ、色々とアイディアを持ち込んで彼女のパソコン環境を整えたりしてきた。
でも、日常生活の中で使い続けるのは別のハードルがあるようだ。
そうは簡単に人は変わらないものだなと、私が学習するはめになっている。
この70年代生まれという世代。
私はそれより2年先輩なので、強いて言えば、このアナログ・デジタル二刀流世代としてギリギリ名乗れる。
また、この世代はバブル崩壊時に青春を送っている。
デジタルとアナログの間を語れる調整役としての役割があるのかもしれない。
この世代の強みは、Jazzyな関係構築力だ
50代の人間は、そこそこ人生経験をもっている。
まずは、アナログ時代。つまり、子ども時代をどのように過ごしてきたか。
おそらく、今のゲーム世代には想像つかない生活をしてきている。
子ども時代 携帯電話のないノリでつながる関係
友達と約束していないのに、なぜ一緒に遊べるのか。
これは、今の子どもたちからは想像できない代物である。
なんとなく下校時に一緒になって遊んでいた。 とある場所に行くと、いつもの面子が揃っており、自然発生的にドロカン(ケイドロともいう)で遊ぶ。 下校の寄り道として、駄菓子屋にたむろ。
振り返ってみると、けっこうヤンキーなノリで遊んでいたなぁと。
今の安全面からみたら、気になる場面もあったかもしれない。
でも、この即興性の高い関係は、まるでその場にあつまったミュージシャンたちがジャズを興じているようなのだ。
しかし、このような即興性の高い関係は、大人になると夜のクラブみたいなところでしかありえない。
思春期の手紙ツールとファミコンゲームとアニメ文化
そんなファンキーな子ども時代を過ごし、思春期を迎えるとデジタルの恩恵を受け始める。
幼少期に鍛えられたコミュニケーションスキルを、思春期の難しい時期にファミコン(ゲーム)で対戦することを覚えた。
時同じくして、アニメ文化も花開きます。
かつては、有名プロダクションが作成するアニメがほとんどだった(ロボット、魔法、日曜ファミリー劇場など)
しかし、少年・少女雑誌→漫画単行本→アニメという流れが定着したのもこの時期。
アニメージュという雑誌は、アニメファンに欠かせないバイブルだった。
アニメを通じて、好きな者同士で語り合ったり、二次創作が生まれたのもこの頃。
こうして、多感な思春期にデジタル文化の創生期を生きることになった。
その反面、恋愛となると俄然アナログが主流だ。
対面での告白。思いを伝える恋文……。
ここでの文章力、プレゼン力の鍛えられ方は今となっては仕事に役に立つという皮肉も生まれた。
社会人新人時代に、パソコンとの格闘
まだ、大学生のときは、MS-DOSがOSで、黒画面に緑のアルファベットが並ぶパソコンが市場を占めていた。
記憶に残る学生時代の情報という授業では、プログラム言語としてベーシック言語を学習していた。
当時は、一般的にワードプロセッサー(シャープの書院)を使えることが実務の主流になっていた。 物好きな先輩が、Macintoshの箱型PCを持ち込み、他部署から野次馬がやってきたのを思い出す。
少ししてWindowsが発表。
そんな今のMicrosoft一強の時代が始まるときに、業務としてパソコンを覚えるようになっていった。
Excelが汎用的に使えるようになってから、業務が増えたのは確かだ。
かつては、自力でできないことは断ることで、余計な仕事を引き受けないストッパーになっていた。
しかし、Excelが誰もが使えるようになったことで、業務量が増えたのは未だ根に持っている。
仕事を制するには、パソコン技術を。
そんな時代だった。 特に、経理の業界ではExcelは必須。関数を使いこなして、複雑な表を作成するツワモノも出現してきた。
そして今、Windowsが発表された当時以上のインパクトがあるのが、AIの登場である。
プログラミング言語ではなく、自然言語でいかようにもアプリが作れてしまう、そんな時代だ。
人として終息に入る手前で、まだ現役としてかろうじて社会で活躍している50代は、最後の最後で、このAIと向き合うことになる。
今生きる50代は、幼少期の高度成長期からバブル崩壊、ゲームの進化、Windowsの発表、Google一強の時代を駆け抜けてきた。
そして、これらの体験がすべて血肉となっており、生き字引的な存在とも言える。
そして、何よりも他の世代と違うのが、幼少期に思いっきりアナログで育ってきたことだ。
この特異点を活かすことが、これからの大変化時代を生き抜くヒントが隠されている。
つまり、そのアナログで培ってきたものは、AIがどう頑張っても手に入らないからだ。
役割は“橋渡し”知恵を翻訳して、発信で次へ渡す
ここまで書いてきて、私の中でひとつだけハッキリしていることがある。
この変化の時代に、誰かに勝つ必要はない。勝つ相手は外ではなく、昨日の自分なのだ。
アナログで培ってきた「空気を読む」「場をつくる」「相手の表情から察する」「言葉にならない不安を拾う」。
この感覚は、少なくとも私はまだ、完全にデジタルやAIでは代替できないと考える。
だからこそ私は、AIを“敵”にも“先生”にもせず、道具として抱え込みながら、人間の感覚を手放さない。その立ち位置でいく。
そして、ここが一番大事。
この世代の役割は、ただ「懐かしむこと」でも「教えること」でもない。
知恵を翻訳して、次の世代が使える形に整えて渡すことだ。
そのために私がやることは、シンプルに3つ。
- まず自分が思いきりデジタルに親しむ(AIも含めて、避けずに触る)
- アナログの経験値を“言語化”して残す(体験・失敗・工夫を文章や音声で置いていく)
- 今までのナレッジを活かしたしくみをつくる(気合ではなく仕組みにする)
正直、簡単じゃない。
私だって「もういいかな」と思う日もあるし、「こんなこと書いて意味ある?」と迷うこともある。
でも、それでもやる。なぜなら、ここで黙ったら、私が積み上げてきた経験は“私の中でだけ”終わってしまうから。
私は、アナログとデジタルの境目を生きてきた。 だからこそ、この境目の知恵を、次へ手渡す。 それが、今の私の仕事なのだ。
そして、私より上の世代にも、つなげる役割を持つ。
とりあえず、経験豊富な8つ上の姉のナレッジを、貯めることから始めようと思う。
=編集後記=
【昨日の推し活】
韓国ドラマ「本日も完売しました」最終回リアタイ。
このドラマのおかげで、元気が出た。
◉「まずは相談」それぞれの困りごとにアドバイスいたします。
◉自分の力でクリアされたい方向け
◉公益法人運営サポート
公益法人運営サポートサイト↓

