劣等感の固まりだったかつての私。青春時代にいい記憶がありません。
お勉強 苦手。勉強してもテストの点数はとれない。
読書 嫌い。
かわいく ない。
もちろん、もて ない。
でも、今になってやっと、自分という素材を活かす方法がわかってきたように思えます。
どうしてもネガティブになってしまうとき、とりあえずの対処方法を考えてみました。
環境を変えれば上手くいく
小学校時代に、印象的なことがあり、よく覚えています。
どうしても読み書きが苦手な同級生がいました。
漢字ドリルを授業中に指示された範囲をこなすことがあったのですが、その子だけは、時間がかかってしまい、時間内に仕上がることができなかったのです。
当時の担任の先生は、そのようなとき、先にできた子に、一緒に見てあげるように言いました。そして、最後まで書き上げるまで、サポートします。
こうして、クラスの中では、その子をフォローすることが当たり前のこととして、子どもたちも受け入れていったのです。
「みんなでやれば、早く休み時間にドッチボールできるし!」
そんな思いから、クラス一丸となって、その子と一緒にドリルを仕上げるのが当たり前になっていきました。
ところが、ある日、担任の先生が出張のためおらず、代わりの年配の先生が自習の監督として、教室にやってきました。
やはり、課題は漢字ドリルです。
案の定、その子だけ仕上げることができませんでした。
そこで、いつものように、クラス全員で、その子のフォローに入ろうとしたら、
「やめなさい。できない人ができるまで、全員椅子に座って待ちなさい。
あなた(名前さえ言わない)も、人に頼ってはいけない!」
と激昂し、誰一人、その子を助けることができなかったのです。
そうしたら、その子の目から涙が溢れ出しました。
どうしても字を書くことに時間がかかってしまうことで、クラスのみんなに迷惑をかけてしまうことに、感情が溢れて来たのだと思います。
それをみたクラス全員が、手伝わせてくれと、その先生に直談判します。しかし、一切それを認めませんでした。
「人を甘やかすことは、いけません。絶対に認めません!」
私は、目の前でひとりの子どもの自尊心が崩れていくのを目の当たりにしました。とてもやるせない気持ちになったことを、今でもよく覚えています。
その文字を書くことだけが苦手だった同級生。
本人は一切変わっていないのに、担任の先生次第でクラスの環境が変わってしまい、持っていなかった劣等感を背負うはめになりました。
私は、この記憶から、劣等感はその場所にいるから生じるものだと思っています。
苦手なことは、モノに頼ればいい
今、教育関係で研究が進んでいます。
人間支援工学というものです。
苦手なことがあれば、道具を用いて支援するというものです。
漢字ドリルが苦手だった同級生は、もしかしたら鉛筆を持つことが苦手だっただけかもしれません。
であれば、タブレットやパソコンのキーボードであれば、問題なく文字を書くことができて、漢字を勉強することができます。
大人になって気づくことは、鉛筆を持たなくても仕事が成り立つという点です。
自由に使いこなせる道具があれば、鉛筆が持てなくても十分に社会人を謳歌することができます。
目が悪ければメガネをかければいい。
小さい画面を観るのが辛いなら、スマホではなくてタブレットにすればいい。
人との交流が苦手ならば、自分で作品を作り上げるクリエイターに慣ればいい。
どうしても集団生活を学ぶ場は、自由度が少なくなります。
学校生活や、今いる職場で、どうも自分が上手く機能していないと思うのであれば、環境が自分に合っていないということになるのです。
職場の場合、転職などで環境を自分で変えることができます。
でも、学校の場合、自分の力で環境を変えることができません。
高校生ならいざしらず、小学校や中学校は子ども一人では、どうにもすることができません。
子ども頃の自分が、もしだめなレッテルが貼られたとしても、それは自分のせいではなく、環境が合わなかっただけの話です。
それより、いち早く、自分を支援できるガジェットを見つけて、そこに投資していくことが、その後の人生を有意義にしている唯一の術だと気づくことです。
劣等感を自分の強みにする方法
私は、ずいぶんと親に叱られた記憶があります。
おそらく、苦手がことが多かったのかと。
そこで、今に至るまで、自分がやってきたことを振り返ってみます。
ガジェットを漁る
ガジェット好きな私ですが、きっかけは、仕事上での苦手意識を補完しようとしたことでした。
最初は、キーボード。メガネも自分の要望を汲み取れる専門家のところで、作り直しました。
随分とお金がかかっていますが、人間支援工学的に見れば、それは当然なこととして、開き直っています。
道具にお金をかけなくても、仕事の成果に納得できるのであれば、必要以上に道具にお金をかける必要はありません。
でも、困ったことがあれば、まずは道具を見直すことで改善することが多いので、やってみる価値はあります。
環境を変える
私は、随分と環境に我慢することに慣れてしまっていました。
そのため、今の環境を手に入れるまで、随分と時間がかかっています。
今思えば、もっとわがままでよかったです。
わがままは、自分をそのまま受け入れて、パフォーマンスを上げるために行動することをいいいます。
わがままを我慢せよという、かつての大人たちの呪文に随分と縛られていたものです。
それに気づいて、呪縛から離れられるには、相当な時間がかかるので、自分で違和感を感じたのなら、環境を変えるための行動を取ることをおすすめします。
理不尽なことには毅然とした態度を
実は、この理不尽なことに我慢してしまう弊害は、思っている以上に重いのではないでしょうか。
私は、環境に慣れないことを、自分のせいにしてしまっていました。
自分が変わらなければならないと、自分を罰してきたし、諦めていました。
このように、世間では、自分に合った環境にいられるとは限らないのが普通です。
であれば、自分にとって正しい判断ができるようにしておく必要があります。
それには、理不尽と思ったことに、まずは自己主張することで、自分を見失わないようにします。
また、主張することで、環境が変わることもあります。
周囲の環境が変わらないなら、諦めることは、悪いことではありません。
反発する時期でもなく、対抗する手段がなければ、その場を凌ぐことも方法の一つでもあります。
でも、それによる副作用があることに、気づいている方は、そうは多くないように思えます。
我慢は、自分を歪めてしまう最初のきっかけです。
あのときの、同級生。成すすべもなく、ひたすら耐えて涙したことは、おそらく、その後の生き方に影響を受けてしまったかもしれません。
でも、クラスの仲間が先生に直談判したことで、彼の軸を守れたと信じています。
「あれ、それは理不尽では」と思ったら、それは見逃してはいけないサインです。
我慢し続けてしまったら、いつの間にか、劣等感が膨れ上がってしまいます。
劣等感とは、この理不尽に対する我慢の積み重ねです。
まめに掃除するように、自分自身を守るようにしたいものです。
=編集後記=
【昨日のできごと】
地元の沼周辺の清掃ボランティアへ。
外来植物の駆除です。
かずこのお気に入り
日常の中で見つけたお気に入りを、NotionページにUPしています。
今、 町中華のかた焼きそばにハマっています。
50代からのひとり仕事を楽しむ
ひとり仕事の格言、ブログ・You Tube更新を配信。
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