人から質問を受けると、つい「ちゃんと答えなきゃ」と思います。
たぶん、子どものころからそう教わってきたからかもしれません。
質問には正しい答えがあって、聞かれたらそれを返す。
学校のテストも、先生からの問いかけも、どこかそんな感じでした。
だから大人になった今も、質問されると反射的に思います。
「正しく答えなきゃ」
「間違えないようにしなきゃ」
「ちゃんと役に立つことを返さなきゃ」
でも、仕事の現場では、これがなかなか難しいのです。
質問に答えるのって、意外とむずかしい
聞かれたことに答える。
それだけなら、一見シンプルです。
「これはどう処理すればいいですか?」
「この数字で合っていますか?」
「この資料、どこにありますか?」
「この操作はどうすればいいですか?」
こう聞かれたら、こちらは知っている範囲で答えます。
できるだけ分かりやすく、間違いがないように。
相手も「ありがとうございます」と言ってくれる。
その場は、それで終わります。
でも、あとから少しだけ引っかかることがあります。
「本当に困っていたのは、そこだったのかな」
もちろん、聞かれたことに答えるのは大事です。
目の前で困っている人がいたら、まずは助けたい。
でも、質問されたことが、その人の本当の困りごととは限らない。
実は、別のところでつまずいているのかもしれない。
そう思う場面が、最近とても増えました。
聞かれたことの奥に、別の困りごとがある
たとえば、
「これで合っていますか?」
という質問の奥には、単に正解を知りたいだけではなく、
「自分で判断していいのか不安」という気持ちがあるのかもしれません。
「この資料、どこにありますか?」
という質問の奥には、
「探す場所が決まっていない」
「情報の置き場が分かりにくい」
という問題があるのかもしれません。
「どうすればいいですか?」
という質問の奥には、
「判断基準がない」
「全体の流れが見えていない」
という困りごとがあるのかもしれません。
そう考えると、質問に対してただ正解を返すだけでは、少し足りないことがあります。
もちろん、いきなり深掘りしすぎると、相手は身構えてしまいます。
「いや、そこまで大ごとにしたかったわけじゃないんだけど」
と思われることもあるでしょう。
だから、私はまず普通に答えます。
目の前の困りごとには、ちゃんと答える。
そのうえで、余裕があれば一つだけ聞いてみたいと思っています。
「どこで迷いました?」
「次も同じところで困りそうですか?」
「今回だけ分かれば大丈夫ですか?」
たった一言でも、質問の奥にあるものが少し見えることがあります。
そして、それは相手を責めるためではありません。
「なんで分からないの?」
ではなく、
「どこで止まったのか、一緒に見てみよう」
という気持ちです。
ここを間違えないようにしたいなと思っています。
答えを、次に使える形で残してみる
質問対応は、時間を取られるものです。
忙しいときに同じことを何度も聞かれると、
正直、「前にも言ったのにな」と思ってしまうこともあります。
でも、同じ質問が何度も出るなら、それはその人だけの問題ではなく、
仕組みのサインなのかもしれません。
マニュアルがない。
あっても探しにくい。
判断基準が書かれていない。
情報の置き場所が決まっていない。
担当者の頭の中にしか答えがない。
そういう小さな不便が、質問という形で出てきている。
そう考えると、質問対応はただの割り込みではなく、
業務改善の入口にもなります。
だから、いきなり立派なマニュアルを作らなくてもいい。
まずは、よく聞かれる質問を一つだけメモしておく。
答えを一行だけ残しておく。
Notionやメモに、次に見れば分かる場所を作っておく。
それだけでも、次が少し楽になります。
次に同じ質問が来たら、
「答えはこれです。次からはここを見ると分かります」
と渡せる。
相手も助かるし、自分も同じ説明を何度も繰り返さなくて済む。
質問にちゃんと答えることは、大事です。
でも、答えるだけで終わらないほうが、
あとあと自分も相手も楽になるのかもしれません。
質問は、ちょっとした困りごとの入口。
そう思って見てみると、いつものやり取りの中にも、
業務改善のヒントが落ちている気がします。
まずは次に質問されたとき、
「どこで迷った?」
と一つだけ聞いてみようと思います。

