個人事業主が法人成りをする理由に、いくつかあります。
一般的には、利益が多くなったことによる節税対策と、取引先からの要望があります。
特に、建設業では、社会保険未加入問題から、一人親方が現場への入場制限があり、自身で社会保険に加入するか、会社に属するか、法人成りするか、選択を迫られている状況です。
ここで気をつけなければならないのは、慌てて法人成りした場合です。
会社になっても、気分は個人事業主のままなので、社会から求められる経理能力に気づかないまま、間違えた認識で経理をしてしまいます。
この問題は、個人の金銭リテラシー(お金の使い方で必要な知識と判断力)に依存しているため、なかなか顕著に自覚できないことです。
自分のことを見つめるには、しっかりとした大きな鏡を見ることが必要です。
そして、この鏡が、ルールに沿って行われる経理や会計になります。
やみくもに、記帳をしてしまうと、せっかくの鏡が単なるガラス板になってしまいます。
この鏡に向かい合うときの、ポイントを整理してみます。
そもそも会計の目的が異なる
個人事業主と法人では、会計経理の目的が異なります。
もちろん、共通部分はあります。そのため、法人成りした際、経理を変えなければならないことに気づかないのです。
① 税法が違う。
個人事業主は、所得税、法人は、法人税に則って経理を行います。
もちろん、双方の税法には、共通の考え方がありますが、法人税において、認められないことが多いのです。
大きな違いは、事業主の生活費の取り扱いでしょう。
個人事業主では、事業用通帳に入ってきた売上金から、生活費を引き出しても、ただ経費に入れないだけで、特に気を使う必要はありません。
しかし、法人の場合、個人事業主が代表取締役という役員になっていることが多く、生活費は、役員報酬というお給料の中で、やりくりする必要があります。
法人成りしたての会社で、社長が気楽に法人名義の通帳から生活費を引き出してしまい、会社の貸借対照表に悪い影響を与えてしまうケースが、よく見られます。
② 決算書の目的が違う
個人事業主の場合、所得税の確定申告に添付するため、作成します。
また、自身の事業が上手く行っているか、資金繰りが大丈夫か、ほぼ家計簿に近いレベルで作成します。
しかし、法人の場合、法人税の確定申告や、社内で分析をする際に使われるのはもちろん、株主であったり、取引先であったり、借入先の銀行であったり、外部に報告するために財務諸表(決算書)が作成されます。
ステークホルダー、つまり、利害関係者すべてに見ていただくため、会計基準に則った決算書を作らなければならないのです。
もし、社長が気楽に資金を引き出してしまっていたら、これは、あってはならないことなのです。
法人に求められる経理能力
このように、法人における経理は、決まりごとに沿って、正確に行うことが求められます。
もちろん、記帳の方法は、個人事業主とほぼ同じですが、会社のお金は、社長のものではなくなっていますので、客観的に公平な処理をしなければなりません。
しかし、人間は、ついつい今までの習慣で、行動してしまうのが常です。
そのために、他人のお金を預かっている認識を持ち、プライベートではない、緊張感を持った経理が行えるよう技術やコツを会得していくのです。
法人における経理能力とは、「お金を扱うときの冷静さ」「外部に情報開示できる」「経理処理の知識」の3点ではないかと考えています。
記帳を通じて自己内省しよう
この経理能力を高めることで、逆に「冷静さ」「誠実さ」「知識が増える」といった経営に必要な能力が高まることになります。
日々の営業で忙しく、記帳を代行してもらうこともあってもいいと思います。
しかし、せっかくの経営力を高める機会を失ってしまい、成長のスピードが遅く、無知による経営判断間違いを、してしまうリスクが高まってしまいます。
個人事業主から法人成りした年であれば、取引数もそれほど多くなく、一人で経理をする余裕もあるでしょう。
法人成りしたその年は、社長自身が経理を行うことは、決して無駄ではないと思うのです。
そろそろ、決算を迎える方も多かと思います。
ご自身で経理ができそうな場合、知識を高めるチャンスととらえ、ぜひとも、ご自身で経理をやってみるとよいでしょう。
実際に、手を動かすことで、今まで気づかなかったことが、たくさん出てくると思います。これが、「経理による鏡効果」です。
ぜひ、鏡を覗き込んでいただき、ご自身を見つめ直してみてはいかがでしょうか。