※競泳練習三点セット 足ひれ、プルパドル プルブイ
東京オリンピックが終わり、これからパラリンピックが始まります。
なぜ、あんなに早く泳げるのか。そもそも、あれだけの筋肉をつけなければならないのか。
画面越しに、思うことたくさんありましたね。
選手たちと自分は同じように練習しているのに、なぜ、彼らはあんなにすごいのでしょう。
水泳の指導経験がある私には、人が水泳を覚える過程で会得するものが何なのか、少し理解しているつもりです。
ものを覚える、技術を身につける、その過程に人はどう変化するのか。
水泳初心者が、泳げるようになるファクターを例に、考えてみます。
競技の本質 自分との戦い
競泳、体操競技、ウエイトリフティング・・・。
これらは、ひとりで競技行います。
早く泳ぐのか、手を抜くのか。トレーニングに立ち向かっていくのか。
すべて、自分次第です。
オリンピック選手クラスになると、ほぼ、自分のメンタルとの戦いです。
自分の弱さと対峙し続けるという苦行を乗り越えた人だけに、栄光が輝くのです。
残念ながら、私は選手として最低でした。
コーチに歯向かう、いやな試合には思いっきり手を抜く、練習にがむしゃらにならない等など。数え切れないほど、悪態をついていました。
その後、人に教えるようになってみると、私は水泳が好きだったのに、孤独に耐えきれなかったことがわかってきたのです。
実際の試合は、どんな感じなのか。
飛び込み台に上がって、スタートを構えるまでは普通の日常ですが、入水した瞬間、体中の皮膚が水にさらされて、何かのスイッチが入ります。そして、耳から入る音も、すべて変わります。目にはゴーグルがありますが、水の中は基本、ぼんやりしています。
すべての五感が、シャットアウトされた感覚になるのです。
そして、その中で、今まで練習してきたことを、思い切り発揮します。
壁にタッチして、周囲を見渡すまで、ずーっと一人です。
この、孤独に耐えられるか。
これが、泳ぐ人すべてに与えられた条件だと思ってよいでしょう。
入水時の肌感覚を敏感に
プールに飛び込んだときの、ヒヤッとした冷たさ。
液体の中に全身が包まれる感覚。
身体中の皮膚に当たって流れていく感覚。
先の競泳の試合での、飛び込んだときの感覚とおなじです。
この感覚を楽しめるかどうか、これが上達の際スピードが違ってきているのです。
小さな子どもに、水泳を覚えてもらう最初の段階が、「顔に水をつける」です。
顔全体が水に覆われる感覚を覚えることで、水中に潜るきっかけになるのです。
顔には、鼻と口があって、酸素を吸います。それが水に覆われることで、ある種の生命の危機を感じるのです。そこをどう乗り越えるか。一番最初の自分との戦いになります。
そして、もう一つ意味があります。
水に対する思い込みが激しいとなかなか、水に顔をつけることができません。
この葛藤の中で、水の特性を感覚でつかめた子どもから、水慣れを卒業していくのです。
ここを誘導するのが、コーチの役割です。
言葉かけだったり、遊びから慣れていったり、あるいは強引だったり。
あの手この手で、子供たちに、水の特性を肌で感じてもらいます。
この時期に、しっかりと皮膚感覚と筋肉と頭脳がリンクできた子どもは、上達が非常に早かったです。
私が属していたYMCAというところは、この初期段階で「ボビング」を昇級試験に取り入れていました。
しっかり潜って息をゆっくりはいて、ジャンプと同時に全部息を吐き切る。
ジャンプの勢いでまた、水の中に全身沈み込ませて、ジャンプするの繰り返し。
息は吸うのではなくて、吐き切ることで肺に空気が入る感覚を養います。
そして、ジャンプによって起こる水流が、身体にそって流れる感覚も覚えます。
この「ボビング」をしっかりやるのと、やらないのではその後の上達度に雲泥の差が生じます。
それほど、身体に感じるものを会得するということは、とても大切になってくるのです。
水流に身を任せることから始まる
このことを最初に覚えるのが、「蹴伸び」です。
水流ににのって、前進する最初の過程です。先の「ボビング」をしっかりやった子どもは、蹴伸びに力を抜くことができます。
この「ちからを抜く」が水泳を覚えるのに一番必要な感覚です。
泳ぎこむようになると、この「力を抜く」技術が、タイムを縮める要因になります。
泳ぎ込んで、疲労困憊になったところで、新しいフォームを覚えさせることは、よくやりました。
まだ、元気があるときは、いままでの癖を絶対に手放そうとしませんが、疲れ切ると、どうでもよくなって、不思議と全身のこわばりがなくなってくるのです。
このときが、フォーム矯正のチャンスでした。
なぜ、力を抜くことが必要なのか。
人が力を入れるときは、その人の頭から司令だして力をいれます。
しかし、水の流れは、自分が決めて流れているものではなく、自然に発生して、すでに決められた流れになっているのです。
いくら、自分が正しいと思っていても、実際の水の特性は違っています。
なので、皮膚感覚でいち早く水に乗ることを分かっておくことが、上達のコツなのです。
その感覚は、水慣れの時期に養わないと、永遠にわからないのです。
ひたすらドリル練習
おとなになった我々には、もう水の感覚を養うことができないのでしょうか。
そんなことはありません。
大人ならではの、ハイブリットなトレーニングを行うことができます。
まずは、頭から。知識で水の力学を理解します。
そして、身体で覚え込む。これがドリル練習になります。
そして、疲れ切ったところからのフォーム矯正をします。
これを、PDACサイクルのように繰り返します。
水の流れに身を任せるもう一つの理由は、「パワーを出すポイントを探し出す」ことです。
全身を水流に預けた状態で、見つけ出していくのです。
実は、水泳が孤独なスポーツと言われる所以がここにあります。
パワーポイントは、自分で探し出すしかないのです。
競泳選手の身に纏っている筋肉は、このための筋肉です。そのため、陸で発揮する筋肉とは異なっています。
流れる水に対して、パワーを与える筋肉は、質感が非常に柔らかいです。
スポーツインスタクター養成学校で指導していたとき、ダンス系の生徒は、この感覚がなかなか理解できず、上達が遅い傾向がありました。
自分を動かすためなのか、周囲の水に新たな水流を生み出すための筋肉なのか。
全くもって、違うことを知ることから、水泳の上達が得られると思ってよいでしょう。
新しい仕事、新しい技術、新しい事業を会得するには
長々と、水泳指導を熱く語ってきましたが、実は、この水泳の上達の過程が、日常生活にも当てはまると思っています。
職場で新しいソフトを入れるとき、新しい仕事の仕方を導入されるとき、おとなになってから水泳を始めた人と同様な障壁があります。
いままでのやり方が通用せず、上手く対応できなかったり、抵抗を示したりします。上からの命令から変えさせられたのなら、なおさら、抵抗を示します。
しかし、自分から選んだ環境であれば、ここは水慣れで感覚を養うように、自分に新たな感覚を養っていくしかありません。
こどもなら、遊びから慣れていけますが、残念ながら、大人は頭で理解するという能力が長けています。まずは、得意な方法で、状況を知るところから入って、あとは繰り返しながら、トライアンドエラーして、自分にとってのパワーポイントを探し出すしかありません。
そのときは、非常に孤独です。
しかし、自分で自分のパワーポイントを見つけたときは、飛躍できるチャンスが到来したといっても過言ではないでしょう。